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コラム『家族だって他人』第43回 根っこ 


 私の父は、東北の田舎に産まれ育ち、良く言えばおおらかで寛容な人、悪く言えば大雑把で鈍感な人である。人懐っこくて、お喋り好きで、不思議なほど人を緊張させない人でもある。

 自分が大人になって、日本のサラリーマン男性の多くが、仕事場以外の人には恐ろしく無愛想であることに気づいたときとても驚いたのは、自分の父と全然違ったからだ。

 父と私の間には、ジェネレーションギャップもあるし、性別も違うし、仕事も違うし、話が噛み合わないことも多々、多々、あるのだけれど、私の根っこはこの人の愛情なんだな、と思わされることが時々ある。喧嘩しても、怒らせても、父はずっと自分のことが好きである、という絶対の安心感。その安心感が前提にあっての反抗、親子喧嘩である。

 自分の育ちの歪さを露呈するが、私は母とは喧嘩できない。思春期にも、正面からぶつかることはできなかった。母が自分を好きかどうか、分からなかったからだ。幼い頃から、自分が母に愛されているという自信は、微塵も持っていなかった。だから「お母さんが好き」と自分から言うこともできなかった。今、大人になって、心理士になった自分なら、母の考えも苦労も、もちろん愛情も、良く分かるのだけれど。

 そんなわけで、私の根っこは母の愛ではなく、父の母性的な愛、なのである。子どもに母性的な愛を注ぐのが、母でなくても(父でも、他の大人でも)子どもは安心して育つし、精神的に安定した大人になる、ということを私は身を持って知っている。子どもにとっても、母親だけが頼りというより、資源が多い方が良いとも思っている。


 親から離れて、外の世界で失敗したり傷ついたりすることはもちろんあるけれど、なんだかんだ周りの人に助けられて復活する。それは、子どもの頃に丈夫な根っこをつくってもらっているからだ。

 根っこは外からは見えない。枝葉に元気が無いときも、実は地中で眠っている強くて太い根が、新しい芽吹きの準備をしている可能性は充分ある。だから、幼い頃にしっかりと栄養を注がれた根っこならば、適切な量の水と栄養を与えて、じっくりと待てばいい、と私は思う。

 大変なのは、根っこが育っていない人達だ。注がれても、注がれても、他者から与えられる愛や優しさを吸収することが出来ないので、心はいつまでも飢えたまま。与えようと近づいた人たちをも疲弊させてしまう。カウンセリングを生業にしていると、こういう人たちにもよく出会う。

 そういうとき、私には何ができるのか、いつも心を砕く。私のもとにずっと安定できるわけではないし、他人を頼りにすることそのものに不安を感じてしまう人たちなので、なかなか落ち着けない。けれど、私といることに少し安心できると、他の人からの優しさも汲み取れるようになる。渇いて、痩せた土壌を耕す作業に似ている。根を張るのはその人の力だけど、根が伸びやすいように、丁寧に石をどけて土を耕す。そうして土を耕している途中で、カウンセリングを中断せざるを得なくなったとしても、少しでも根っこが伸びていれば、出会う前よりは生きやすくなったのではないか、と勝手に思っている。そして次の誰かが、その人の土をまた耕してくれれば良いな、と思い続ける。忘れずに願い続けていた方が、叶うような気がするから。。。
                       文責M.C

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