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コラム『家族だって他人』第39回 とても狭い箱の中


 16年ほど前、さかなクンが『いじめられている君へ』という朝日新聞の企画の中で「広い海へ出てみよう」という文章を寄稿して話題になったのをご存じだろうか。

そこでは、こう書かれている。


たとえばメジナは海の中で仲良く群れて泳いでいます。せまい水槽(すいそう)に一緒に入れたら、1匹を仲間はずれにして攻撃(こうげき)し始めたのです。けがしてかわいそうで、そのさかなを別の水槽に入れました。すると残ったメジナは別の1匹をいじめ始めました。助け出しても、また次のいじめられっ子が出てきます。いじめっ子を水槽から出しても新たないじめっ子があらわれます。

 広い海の中ならこんなことはないのに、小さな世界に閉じこめると、なぜかいじめが始まるのです。同じ場所にすみ、同じエサを食べる、同じ種類同士です。(後略)

                引用元 2015年8月30日朝日新聞デジタル

 元の文は学校で起こっていたいじめと絡めて書かれている文で、とても印象的で示唆深いので、全文もぜひ読んでほしいのだが、とりあえず、ここでは話を先に進めよう。

 この狭い水槽は、学校の教室とオーバーラップさせた話ではあるが、教室の中だけではなく、もっと色々なことにも当てはまるのだろう。たとえば、家族という箱の中でも。

 家族全員が、広い海であるところの社会と繋がりがあり、家と外を自由に出入りできるうちは、そこまで大きな問題は起こらないのかもしれない。しかし、家という狭い箱の中で他者の目に触れない、知られない状況の中では、言い争いや喧嘩、もっと深刻になれば、いじめやDVや虐待が起きやすくなる。
 
 そして、問題は狭い箱の中にいるという、物理的なことだけではない。ずっと同じところにいると、自分のいる場所がとても狭いところであって、外に広く大きな世界が広がっていることに気づけないことだと思う。もしくは、たとえ気づいていたとしても、大海に危険はつきもので、怖くて外に出る勇気がなかったり、外に出て生き延びる術を知らなかったりして、狭い水槽の中でしか、生きられないと思ってしまうことだろう。

 もちろん、無策で一人、外に出ても大きな魚に食べられて終わってしまうかもしれない。餌が取れなくて飢えるかもしれない。

 だからこそ、外に出るために、一緒に旅してくれる仲間や、生き残る術を教えてくれる先達が必要なのだ。これは、いじめられた側も、いじめた側もどちらにも言えることである。

 水槽の中でいじめられる魚はスケープゴートだけれども、いじめている魚もまた何かに突き動かされている。その証拠に、いじめている魚を違う場所に移しても、また新たにいじめる魚が現れるのだから。

 片方を悪者にしても、きっと何も変わらない。狭い箱の蓋を自由に開けられるようになるためには、新しい広い世界と、新しい人との関係性、そして手助けが必要だ。もちろん、いじめた側がした行為を無条件に許せというわけではない。したことに対する償いが必要なことは言うまでもないし、された側が必ずしも許す必要はない。

 ただ、落とした涙の粒が、大海の中でどこに行ったか分からなくなるぐらいに薄まり、気にならなくなれば、少しだけ穏やかに生きられるのかもしれない。

 もし、今、狭い箱の中にいるのだと思ったら、急に外に飛び出さなくてもいい。少しずつ、準備を進めていこう。すべてが安全とは言えないけれど、広い世界には、安全な人や安全な場所が必ずある。頼れる人を、助けを求められる誰かを少しずつで良いから、見つけていこう。
少しずつ少しずつ。
               (文責K.N)


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