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コラム『家族だって他人』第1回 殻の中の息子たちへ

     
 例えば、こんな家族がいるとする。50代の会社員の夫婦と、20代半ばの息子。息子の上に娘がいるが、すでに独立して家を出ている。息子は大学を出るときの就職活動で希望の会社に入れず、学生時代にアルバイトしていた飲食店にそのまま就職したが、あまりのハードワークと待遇の悪さに耐え切れず、仕事を辞めて家に帰ってきた。それ以来息子は、薄い殻の中に閉じこもっているようだ。殻の中から見る社会は、自分など必要とせず、勝手に回っている。殻の中にいる限り安全だが、殻の中にいる限り、誰とも繋がることが出来ない。

 親子の間に会話はほとんどなく、両親はこのまま息子が何年も働かなくなってしまうのではないかと心配しつつも、どうしてよいか分からない。これまで大きな問題もなかった息子だし、そのうち就職先を見つけて働きだすだろう、と思う気持ちと、他人様に知られるのは恥ずかしい、という気持ちで相談には出向けない。

 現在50代の両親と言えば、日本のバブル期も、その後の不景気も経験している世代だ。両親とも、首都圏の中堅私大を出て、普通に働いて来た。妊娠・出産を機に離職する女性が多い日本において、正社員として働き続けきた母は、それだけ頑張ったと言えるが、特筆すべきことがあるとすればそれくらいだ。こういう家庭では、頑張れば報われる、という思いが両親ともに強い。努力が報われない、将来に希望が持てないと考えるのは、社会の負け組と自覚する人たちで、中流を維持している人には「努力は報われる」と思っている人が多い。自分たちの子どもが東大や早慶に入ることなどは望んではおらず、

「普通に頑張って、普通に大学に行って普通に就職してくれればいい」

と思っていた。

 だが問題は、今の日本が、親の世代と同じくらいの努力では、同じような結果を得られない社会になっているということだ。東大卒の親が息子も東大に行かせたのなら、勝ち組の再生産かもしれないが、中堅私大卒の親が子どもを同じレベルの私大に行かせても、親の代と同じような所得も将来展望も望めない。今の日本では、家庭内に、世代間の格差が存在する。

 そこで、親も子も、大変な時代になった、頑張っても昔のようにはいかないのだ、と理解していれば、家庭内にそこまでの軋轢は生まれないのかもしれない。

 だが親は、 

 「俺だって、そんなに勉強が出来たわけでも、特別な才能があったわけでもないし、裕福な家に生まれたわけでもないけど、コツコツ頑張ってここまで来たんだから、息子のお前もそれくらいは出来るだろう」

と当たり前のように思ってしまう。

 そして、ここ30年ほど日本を覆いつくしてきた「自己責任論」によって、就職がうまくいかないことや、非正規雇用であることや、収入が少ないことは、全部本人の努力が足りなかったからだ、と親も子どもも考えてしまう。

 この家でも、

「誰にとっても働いて収入を得るというのは大変なことなのだ、それを数年で辞めてしまうなんて我慢が足りない…」

という思いと、

「学生時代にもっと頑張っていれば、最初からもっといい会社に入れただろうに…」

という思いが親の胸中にはある。その親の胸中を察知して、息子は背を向ける。話しても無駄だ、と押し黙る。そして自分を「負け組」と考え、自分の殻に閉じこもり、光る画面越しに見る世の中を、恨んだり、勝ち組を妬んだりする気持ちを募らせていく。

  こういう家庭は、それまで特に大きな問題を抱えてきたわけではない。ふたりの子どもだって、普通に育てた普通の子だ。だから訳が分からないのだ。息子が普通に働くことが出来ずに、いい年して家にいることが。

 こういう家族が、今の日本には結構いる、と私は思う。なんて言ったって、ひきこもりが100万人以上の国だ。

 引きこもりの問題には、本人の精神疾患や家族の病理が隠れていることも多く、そこに焦点を当てて語られることが多い。その方が、聞いた方も納得しやすい。我々専門家の出る幕もある。だが、家族にも本人にも、特段の問題がなくても、普通の人が普通に頑張っているだけで、いきなり底に突き落とされることがある社会では、誰でもこの息子のようになることがある。そして、こうなった人を助けるのではなく、自己責任論で片付けようとすれば、その怒りや恨みは必ず社会を蝕んでいく。そうなっていくことが私はとても怖い。

 なぜ息子の物語として語るかと言えば、日本社会にはまだまだ

「男は働いて家族を養うもの」

という性別役割分業の考え方が強いことや、女性の収入が低く抑えられているゆえに男性の収入に頼ろうとする意識が強いことから、男性の方が正規雇用に付けなかったときの世間の風当たりが強いからだ。

 引きこもった息子たちの逆襲はじわじわと始まっている。働かずに、社会を支えることを放棄する、ということで。自分の人生をある意味放棄し、それによって両親の人生を侵食し、家族を転覆させ、徐々に社会経済にもダメージを与えていく。

 そうなったことを責めはしない。だが、一度きりの人生を、社会と言う形のないものへの復讐に費やしていいのだろうか。楽しいこと、やりがいのあること、生の実感の持てること…そういうものを見つけなくていいのだろうか。あるいは、自分自身の労働で生活の糧を得て、心穏やかに暮らすことを選ばなくていいのだろうか。自分をひどい目に合わせた社会に背を向けるのは良いが、自分自身を「普通じゃない」と見捨てることはやめてほしい。たまたま外れくじを引いてしまったかもしれないが、当たりが出るまで引き直せばいいだけだ。

 閉じこもっている殻を、こちらから壊したりはしない。自分の意志で、出てきてほしい。

                         #文責(M.C)
 


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