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コラム『家族だって他人』第14回 あなたはあなた、わたしはわたし  


 もし人が無人島で、たった一人で生きていたなら、精神病は成立しないだろう、と言った精神科医がいます。確かに、どんな妄想も幻覚も、その人がたった一人の世界で暮らしているなら、何の障害にもなりません。

 逆に考えれば、総ての人の悩みは他者や他者の集団としてのコミュニティ、社会との関係に通じると言えます。

 そして家族であっても他者は他者。家族関係の悩みも同じです。

 生後間もない赤ちゃんには、自他の区別があまりないと言われています。それが、授乳や身のまわりの世話を通して養育者を他者と認識し、その主たる養育者を通して親や兄弟、祖父母などその他の人々を他者として認め、徐々に自分の世界を構築していくとされています。そう考えると、発達とはある意味、自他をどのように区別してどのように他者と折り合いをつけるのか、それを学ぶ道筋であるとも言えるのかもしれません。

 心理学の世界では、人と人の境界にはいくつか種類があるとされていて、代表的なものが先ほど述べた自他境界、もう一つは世代間境界といいます。

 自他境界は、その字の通り、自分がどこからどこまでで、他者がどこからどこまでなのか、それを明確にするための境界線です。幼児期〜児童期は養育者がこの境界を易々と超えて、子どもの人格形成や概念形成に大きな影響を与えます。それを拒み、自分の輪郭をはっきりとさせようとする子ども側の大きな情緒的な変動が反抗期であると言えます。養育者や家族、友人らとぶつかり合ったり自分と比較したりすることで、自分の輪郭をはっきりさせようとするのです。

 しかしそのようなプロセスを経ても、自他境界は相手によって曖昧だったり強固すぎたりすることが大半。例えば、親・兄弟のようなごく身近な「身内」の言葉は受け流せるのに、義理の家族や友達のような、少し遠い人の言葉になると容易く傷付いて揺れてしまう、という経験は無いでしょうか。

 そんなふうに、自他境界を絶対に越えさせない人、踏み越えて来られても平気な人、踏み込まれただけで傷ついてしまう人もいるなど、その葛藤の有り様は様々です。

 これに世代間境界についての課題が加わると、さらに事態は複雑になります。例えば、結婚。そのインパクトは普遍的で、その経験はありふれたものとみなされがちです。親世代にとっては親としての心配と自分の経験がないまぜになって、つい子ども世代の結婚観や夫婦の在り方に口を出してしまいそうになるのではないでしょうか。

 さらにそこへ、自分が子どもだった頃にはこうだった、とか、自分が若かった頃にはああだった、とか、そういう枕詞付きの世代間ギャップが混ざってくるのを耳にしたことのある方は多いでしょう。この言葉に続くフレーズがポジティブなものであれば心温まる物語で終わるでしょうが、悲しいかな、そうではないことの方が多いのが家族というものです。一つの世代が子ども時代を終えて親になるまでの間に、時代は容赦なく進み、それと共に人の心や知識・常識も変わっていきますから。

 例えば、娘・息子の人生や子育てに介入したくてたまらない母たちと、自分の人生を生きたい子どもたち、子育てどころか男子厨房に立ち入らずを地で行く父親たち、というのは日本の典型的な家族像の一つではないでしょうか。

 こういった葛藤は、親しさの裏返しとも言えます。仮に、通りすがりの全く知らない人に子育てや人生についてああだこうだと言われても、イラッとしたりモヤッとしたりはしますが、それは長続きはしないことの方が多いような気がします。

 何故なら、その人は通りすがりだから。通りすがりでなく、向き合わざるを得ないほど親しい人の言葉や態度は、それだから、簡単に自他境界を超えてくるのです。

 自他境界を脅かされて傷ついてしまった時や、他者に踏み込みすぎそうになった時のために、おまじないを一つ記しておきます。

 「あなたはあなた わたしはわたし わたしとあなたは別の人」。

 これを、あなたの腑に落ちるまで、葛藤でもやもやする胸の中が落ち着くまで、ことあるごとに唱えてみてください。境界線を思い出し、引き直すための言葉です。

 そしてもしそれでもモヤモヤが晴れなかったり、そのモヤモヤは実は長く続いているものだとお気づきになったりした時には、我々カウンセラーにご相談ください。葛藤の解決をお手伝いすることが、私達カウンセラーの仕事の一つですから。

                    (文責:C.N)


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