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コラム『家族だって他人』第40回 失くしたのは何か ―産まれてこなかった命について―


 唐突な話で申し訳ないが、私は過去に2度、流産を経験している。自分の流産について、ぽろっと人に話すと、かなりの確率で、私も・・・ と返ってくる。

 流産だけでなく、自然には妊娠出来なくて、人工授精をして産んだ話、凍結卵を戻したけど育たなかった話。妊娠は望めず、養子をとった話。産んでいても、産んでいなくても、普段は全く表に出すこともないけれど、妊娠にまつわる傷つきや悲しみを、たくさんの女性が抱えている。そのことに気づいたのは、自分も同じ痛みを抱えているからかもしれない。
 
 家族についてコラムを書いてきて、やっぱり、産まれてこなかった命についても書いておきたくなった。
 
 流産の80%は妊娠初期と言われる12週までのあいだに起こる。まだ人の形をしていない、生命の始まり。私の場合もそうだった。

 だから、私が失くしたのは「赤ちゃん」ではない。一度も出会ったことがないし、言葉をかわしたことも触れたこともない。失くしたと思うこと自体おかしいのかもしれない。
 
 それでも、身のうちに巣食う、喪失感。私が失くしたものは何だったのだろうか? あのときはわからなかったけれど、今は分かる。私はあのとき、未来を失ったのだ。その赤ん坊が産まれて、育っていったはずの未来。その子と一緒に生きるはずだった、私の未来。
 
 あのときの子が産まれていたら、今頃・・・ という空想は、妊娠に気づいたときに生まれたパラレルワールドに対する想像だ。
そちらの世界に行くことはないけれど、今いる世界と並行して広がっている、もう一つの世界。そちらの世界では、あのときの子どもが産まれていて、その子を育てている自分もいる。子どもを失くさなかった、もうひとりの自分。
 
 パラレルワールドは別に完璧な世界ではないだろう。そちらの世界にも苦労も悲劇も起こるに違いない。こちらの世界だって、嬉しいことも楽しいこともたくさん起きる。正直、絶望している暇なんてないくらいに忙しい毎日に追い立てられている。赤ちゃんが産まれていたら出来なかったあれやこれやで、忙しくも充実した日々。
 
 それでもふと考えてしまう、もし…は一生続くのかもしれない。思い出す頻度は変わるし、思い出したときの胸の痛みも少しずつ和らいで来るものだけど。
 
 一瞬だけ私のお腹に宿って、消えていった命は、少しだけ、でも確実に、私の世界に対する感じ方を変えた。
 
「私も・・・」

と打ち明けてくれた人の多さからも、産まれてこなかった命は、私が想像している以上に多いのだろうなと思う。そして、産まれてこなかった命の記憶を抱えながら生きている人の数はもっと多い。
 
 家族について語るとき、産まれてこなかった命のことも、今の家族を形作るものの一つとして忘れないでおきたい。そして、失った未来を空想することはあっても、自分の生きている現実で、しっかりと地に足をつけて、力強く歩いていきたい。
                   (文責M.C)

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