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ちゃんとしない


「ちゃんとしなきゃ」。
この言葉は、便利なようでいて、時に人を追い詰める呪文みたいだなと思う。
便利で力強い言葉のはずなのに、ふとした瞬間に、胸の奥をぎゅっと締めつけてくることがある。

仕事に家事に、親であり、専門職でもある──
いくつもの役割を抱えて生きる私たちは、いつのまにか“ちゃんとした大人”でいなければと思い込みやすい。

頑張れるときはいい。
でも、「ちゃんとしなきゃ」が自分を追い立てて、苦しくなる日もある。
その背景には、期待に応えたい気持ちや、誰かにがっかりされたくないという不安、そして“ちゃんとした人でいたい”というささやかな願いが隠れていたりする。

臨床の場でも、「できない自分がいやだ」「もっとしっかりしなきゃいけないのに」という声に出会う。
その言葉の中に、責任感とか焦り、そして少しの疲れが混ざっていることが多い。

そんなとき、私はいつもヤン・ウェンリーを思い出す。

ヤン・ウェンリーは、田中芳樹が書いたSF小説『銀河英雄伝説』の主人公の一人で、私のお気に入りのキャラクターである。
彼は軍人なのに軍人らしくなく、英雄なのに英雄らしく振る舞わない。
歴史家志望で士官学校に入り、戦術の天才として自由惑星同盟を支えたが、夢は“年金生活”。どこか斜めから世界を眺めている、不敗の魔術師である。

そして何より、彼はヒーローなのに、ちっとも
“ちゃんとしていない”。

基本的には怠惰で、毒舌で、机の上は散らかったまま。艦橋のデスクであぐらをかくし、射撃も不得意。
「司令官が銃を取る状況を作らないのが司令官の仕事」と涼しい顔で言う。
けれど部下を深く信頼し、自分の感覚に正直でいる。
彼の“ちゃんとしていなさ”は、弱さではなく、むしろ強さの一部だと私は思う。

子どもの臨床でも大人の臨床でも「ちゃんとしなきゃ」とがんばりすぎて苦しくなる人は少なくない。
社会が期待する“ちゃんと”は、成果や完璧さに寄りかかりやすい。けれど、人の心が本当に求める「ちゃんと」は、もっと静かで、粘り強くて、誠実さに近いものだと思う。

誤魔化さず、無理に飾らず、できる範囲で人と関わり、今日を生きること。
それだけで、十分に“ちゃんとしている”。

机の上がちょっと散らかっていても、ため息が出る日があってもいい。
人生は、完璧な日だけでできているわけじゃないから。

だから私は、ほどほどを大切にしたい。
ちゃんとしすぎず、でも投げ出さず。
その真ん中に、やわらかくて、折れにくい強さが育つような気がしている。

今日が「ちゃんとできなかった日」でも、あなたはちゃんと、ここにいる。
それだけで、十分なんだと思う。
                   (C.N)


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